あなたを幸せにさせない原因とは

あなたを苦しませるものは何か
「あなたはなぜ苦しいのか」と人に聞けば、返ってくる答えは十人十色です。
「金がないからだ」「病気だからだ」「こんな人と結婚したからだ」「才能がないからだ」「こんな性格だからだ」・・・
皆、人には分からぬそれぞれの憂苦をかかえて生きているものです。
なんとかこの苦しみを無くせないか、せめて軽減できないかと、日夜努力をしているのが、私たちの生活といえましょう。
ところが仏教では今挙がったような苦しみは「苦しみの枝葉」であり、「苦しみの根元」ではない、と説かれています。
枝葉は切り取っても、また次々と枝葉が生えてくるように、人生の苦しみも、一つ解決すれば、「一難去ってまた一難」で、また違う苦しみが生じます。
たとえば夫の暴力に苦しんでいた女性がいて「いっそのこと別れなさい、まだあなたは若いのだから」と心配した周りが忠告すると、「はい・・そうなんですが・・・」と女性は煮え切らない態度で、なかなか一歩が踏み切れないでいる、そんなケースはよく耳にします。
夫の暴力が原因で苦しんでいるなら、別れればいいじゃないか、と思いますが、なぜ奥さんは躊躇するのでしょうか。
それは離婚すれば、夫の暴力という苦しみはなくなりますが、今度は、女手一つで二人の子供をどうやって育てていけばいいか、という違った苦しみがのしかかってくるので、ためらうのでしょう。
たとえ思い切って離婚し、昼も夜も働き、経済的になんとかなる目処が立ったとしても、今度は仕事の無理がたたり、病気になってしまう、という苦しみがやってくることもあります。
苦しみの枝葉をやっとの思いで切ると、今度は思わぬところから生えてくる。
その枝を切ると、また違うところが生えてくる。
枝葉を切るのも一苦労だし、どうせまた生えるのなら、このまま目をつぶって生えたままにしとこうか、と投げやりにもなります。
切っても生え、切っても生え、色や形を変えて現れる苦しみをあれこれ対処しているうちに、やがて歳を重ね死んでいく、それが人間だとしたら、まるで人間は苦しむために生まれ、苦しむために生きるようなものです。
親鸞聖人は、苦しみの枝葉をどれだけ切っても、人は苦しみから逃れられないことを明かし、「苦しみの元を早く断ち切りなさいよ、絶対の幸福になれるから」と、生涯かけて勧められました。
金や名声に恵まれたダイアナ妃の苦悩
ここでたいていの人は、苦しみの原因をこのように思います。
「お金がないからこんなにみじめなんだ」
「有名になれば満足できるんだ」
「もっときれいだったらこんな苦しむことないのに」
もし大方の人が思うように、これら富や名声や美貌がないことが苦しみの根源ならば、それらに恵まれた人生は喜びに輝いているに違いないはずです。
しかし、現実はどうでしょう。
「英国王室の白いバラ」ダイアナの生涯をおってみましょう
両親は、八歳の時に離婚しています。
父親が再婚した義母とダイアナの相性は最悪でした。
「平和な家庭が欲しい」
愛に飢えた幼少時代が、彼女に強く願わせることになります。
子供が好きだったダイアナは、幼稚園の保母になります。
チャールズとの交際も、その頃始まりました。
「チャールズにプロポーズされた時、私は夢の中にいるみたいで、
生まれて初めて、真実の愛がどんなものか分かる気がしました」
1981年7月、二十歳になったダイアナは、結婚式の日を迎えます。
保母から大英帝国のプリンセスへ。
現代のシンデレラストーリーを、人は「世紀の結婚」と羨みました。
パレードを百万人が祝福し、式典のテレビ中継は、八億人を釘付けにしました。
群集にこたえ、宮殿バルコニーにチャールズが現れる。
寄り添うダイアナに、熱いキスを贈ったあの場面に、誰もがダイアナの幸せを確信しました。
ところが夫チャールズと愛人カミーラ夫人との関係は、その結婚前からずっと続いていたのです。
「私の心を深く傷つけたのは、“一度も私を愛したことはない”という彼の言葉でした」
相談相手も頼れる人もいない。
心の傷みをいやすため、自らの身体を痛めつけた。
半年後、最初の自殺を企てます。妊娠中でありながら階段から飛び降りました。
病室のダイアナを見て、チャールズは迷惑そうに無視したといいます。
十五年の忍耐は「世紀の離婚」で幕を閉じました。
1997年8月31日、新しい恋人であるアルファイド氏とダイアナを乗せた車は、時速百五十キロでトンネルの支柱に激突します。
パパラッチといわれる芸能レポーターたちに、死に様の姿をフラッシュたかれ「私を一人にしておいて」と虫の息で二度繰り返し、息を引き取りました。
富も美貌も名声も、すべて兼ね備えたダイアナの生涯は、必ずしも幸せではありませんでした。
自殺未遂は5回に及んでます。
皆さんの中で自殺未遂を5回も繰り返した、という方おられますか。
そこまでは無いという人は、まだダイアナよりは幸せな方だともいえましょう。
有っても無くても苦しい人生
金や名誉がなくて苦しみ、金や名誉に恵まれていても、やはり苦しむ、この人生の実相をお釈迦さまは「有無同然」と説かれています。
無い者の苦しみは、”鉄の鎖”につながれる苦しみであり、有る者の苦しみは”金の鎖”に縛られる苦しみである。
「鉄の鎖」であろうと「金の鎖」であろうと、縛られて自由が利かず、苦しんでいることには変わりがない、と説かれています。
金や名声だけではありません。
この世の一切は「有無同然」と教えられているのです。
株や不動産を持たない人は、それらの不労所得のある人がうらやましい。
株や不動産を持っている人は、その価値が変動することで神経をすり減らしている。
リーマンショックの時に大損して、こんなことなら持っているんではなかった、と後悔する人が続出しました。
アパート暮らしの人は、マイホームを建てることにあこがれ、
マイホームを持つ人は、維持や管理で悩む。
独身の時は「結婚したら、どんなに楽しいだろう」とあこがれ、
結婚すれば「早まった。独身時代に戻りたい」と後悔する。
サラリーマンは経営者の自由に憧れ、
起業すれば、サラリーマンの安定収入をうらやましくなる。
平凡な人は非凡に憧れ、
非凡な人は平凡な日常に戻りたい。
子供のない人はないことで悩み、
子供のある人は子供のことで悩んでいる。
大勢といると気を使い疲れる。
一人でいると何となく寂しい。
夏になると冬が恋しく、
冬になると夏が待ち遠しい。
本当の自由や幸せはどこにあるのやら・・・・
釈迦の答えを聞いてみましょう。
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