どんな人にも生きる意味があると説かれた親鸞の教えとは

「我慢」の本当の意味は、自惚れ心だと説く仏教

2019/05/13
 
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菊谷隆太
こんにちは、菊谷隆太です。 東京、大阪、名古屋を中心に仏教講座を主催する仏教講師です。 専門は浄土真宗で、「教行信証」「歎異抄」を学び、皆さんにもお伝えしています。 このサイトは「どんな人にでも生きる意味がある」と宣言された親鸞という方の教えを知っていただきたいと思い、開設いたしました。

『我慢』という言葉は、今日では「我慢しなさい」「人間は我慢が大事だよ」「よく我慢したね」というように、「忍耐」という意味で用いられ、ポジティブな意味合いを持つ、いい言葉のように思われています。
実はもともとは仏教の言葉で、今日とは意味がまったく変わってしまっています。
今回は本来の「我慢」という言葉の意味についてお話ししてまいります。

 

我慢のために譲れなくなる

 

『慢』(うぬぼれ)という煩悩を細かく分けると7つに分けられ、これを七慢といいますが、その一つが『我慢』なのです。
『我慢』とは、自分の意見は間違いだとわかっても、いったん自分が主張したことは曲げられず、自分の思いを押し通してしまう、うぬぼれ心です。

 

この我慢のために私たちはどれだけぶつかり合い、ケンカし、損をしていることでしょう。
幼児のケンカは衝突も早いが、仲直りも早いですよね。
おもちゃ取られて今さっき泣いていたかと思うと、もう二人して笑っている。
「あ~、わだかまりなくていいなあ」と思わず笑っちゃいました。
というより実は笑いながらも感動してしまいました。
大人は我慢も強くなるのか、いったんこじれたら、こんなようにはもうなりませんから。

 

▼小学生までは、ケンカして二、三日ぐらいは口を利かないことはあっても仲直りできます。
▼中学になると一度衝突したら、一、二週間仲直りできません。
▼高校生になると一カ月ぐらい。
▼大学になると五、六カ月はかかります。
▼社会人ともなると、よほどの仲裁人でも入らぬ限り困難です。
▼老人のケンカになると、棺桶に入るまで絶望的となります。
「オレがオレが」の主張は、年を増すごとに強くなるようです。

 

 

我慢が世界を狭くする

 

池上彰が「ネット空間は上級者のメディア」と言っていました。
とんでもない誤報をつかまされる危険性があるから、というのが、その理由だそうです。
何度も「裏をとる」本や新聞やテレビの情報と違い、ネットの世界は玉石混交です。
最新の貴重情報もありますが、くだらないウソ情報も多く、トイレの落書きでしか書けないような差別中傷もまかり通っています。
何が玉で、何が石か、より分ける眼力が求められるから「上級者のメディア」なのでしょう。

 

インターネットの世界では「プリズム効果」の危険性も指摘されるようになりました。
「プリズム効果」とは、特定のものだけが大きく見え、他のものが見えにくくなることです。
新聞やテレビと違ってインターネットでは、見たくない情報には触れずに済みます。
そして自分が知りたいことや自分の考えを補強する情報が欲しければ、いくらでも見つけることができます。
SNSなら、自分の気に入らない意見はフォローを辞め、自分の気に入る意見を発信している人だけフォローすれば、自分と違う意見や考え方は、ネット上に存在していても、なかなか目に入らなくなり、視野の狭い人間を生み出すのです。

 

これはカエサルの言葉です。

人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない

現代社会はインターネットの出現により、カエサルの言葉はいよいよ重みを増しています。

 

仏教では、己の考えを正しいと押し通す自惚れ心をすべての人が持っていると説かれ、この慢心を「我慢」といいます。
「我慢」によって失敗し、苦境に陥る人が多い、と釈迦は説かれています。
インターネットの発達した現代に生きる私たちは、特に「我慢」に気をつけなければならないのでしょうね。

 

 

 

我慢が判断を曇らせる

 

30代の女性が突然「夫が別人と入れ替わり、自分を殺すつもりだ」と実家の両親や友人に訴えるようになり、まもなく精神科病棟に入院した、という話を聞きました。
このような極端な思い込みはそうそうないですが、日常生活でも、ろくに検証できていないことを「間違いない」と思い込んでしまうことが多かれ、少なかれ、どんな人にでもあると思います。

 

以下は、警視庁詰めの記者が先輩記者から受けるアドバイスです。

先入観を持って事件に当たるなよ。黒だなと思ったら白くするんだ。白くして白くして、それでも黒が残るかどうかだ。逆に白だなと思ったら、黒くするんだ。黒くして黒くしてそれでも白が残るかどうかだ

いったん自分の頭の中で、事件のストーリーがひらめくと、刑事ドラマの主人公になったかのような高揚感があり、手柄心にあおられて、捜査も、聞き込みも、取材も、そのストーリーに合わせよう、合わせようとしてしまい、その結果、重大な証拠や証言を見逃してしまうのです。
これは誰でも犯す失敗だから、先輩から後輩へ、こうしたアドバイスが受け継がれるのでしょう。

 

ビジネスも同じことがいえます。
自分の考えついたビジネスモデルに固執してしまい、そのアイデアを補強するような学説やデータの資料ばかりを集め、周りを説得しているうちに、そのビジネスモデルの問題点や欠点がわからなくなり、欠点を指摘するような学説やデータは無視、あるいは敵視するようになっていくのです。

 

しかも恐ろしいのは意識的に無視、敵視するのではなく、無意識に耳をふさいでしまうことです。
だからビジネスも犯罪捜査同様「先入観を持ってビジネスに当たるな。このビジネスはいけるぞと思ったら、問題点、リスクは何か、よく考え、それでもいけるかどうかだ」といえましょう。

 

自分の考えを正しいと押し通してしまう自惚れ心『我慢』は、どんなに冷静で知識豊富な人でも、絶対になくならない心だと教えられています。
生涯、気をつけていかねばならないことといえましょう。

 

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