どんな人にも生きる意味があると説かれた親鸞の教えとは

三長者の意味とは。仏教の説く最も幸せな人とは

2019/04/10
 
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菊谷隆太
こんにちは、菊谷隆太です。 東京、大阪、名古屋を中心に仏教講座を主催する仏教講師です。 専門は浄土真宗で、「教行信証」「歎異抄」を学び、皆さんにもお伝えしています。 このサイトは「どんな人にでも生きる意味がある」と宣言された親鸞という方の教えを知っていただきたいと思い、開設いたしました。

お釈迦様は、この世に三通りの長者がいるといわれています。

1、家の長者・・お金や財産に恵まれている人

2、身の長者・・健康に恵まれている人

3、心の長者・・弥陀の救いにあい、絶対の幸福になった人

そして「家の長者より身の長者、身の長者より心の長者がよい」と説かれました。

家の長者より身の長者


普通、長者といえば「家の長者」を指します。
いわゆる金持ち物持ちのことです。
「長者番付」といえば、一番金持っている人は誰か、ということでしょう。
お金を稼げる人には、名声も異性も集まります。
お金持ちになれば幸福になれると、みな必死に追いかけています。
「家の長者」になることが、人生の目的だと思っています。
いくらお釈迦さまが「家の長者より身の長者の方がいい」と言われても、ピンときません。

 

ところがそんな私たちも健康を害して、病床に伏すと、健康のありがたみが知らされ、「家の長者より身の長者の方がいい」と教えられた釈迦の教えがしみじみと首肯させられます。
どんなにお金があっても、重い病を抱えては、どこかへ行くこともできず、美味しいものを食べることもできません。
まして「末期ガン、長くて1年」と宣告されたらどうでしょう。
「金はいくらでも出すから、命だけは助けてくれ」と思うのは、「家の長者」はいいから、「身の長者」でいさせてくれ、との心底からの思いでしょう。

 

ではその「身の長者」よりずっとすばらしい「心の長者」とは、どんなことなのでしょう。

身の長者より心の長者


高齢者による事件が相次いでいます。
認知症の人が、車で人をひいてしまったとか、感情がコントロールできず、周りの人を傷つけたとかで、人生の晩節を汚す事件は少なくありません。
また寝たきりの高齢者に、介護職員が暴力を振るう、あるいは家族が介護を嫌って寄りつかず、孤独死するという事件もあります。
そんな事例の数々から「歳はとりたくないものだ」「歳がいっても、いつまでも頭も体も元気で健やかでいたい」と感じるからか、100歳以上で、まだ元気で仕事している人が書いた本が次々と出版され、売れています。
どんな暮らしぶりかな?どんな食生活かな?どんな心の持ちようでいるのかな?
どうしたら、あの歳であんなに元気に過ごせるのか、多くの人が関心を持っています。

 

お釈迦さまも「健康」は「お金や財産」よりも大事だよと教えられています。
健康が当たり前の時は、健康に価値はあまり感ぜず、何よりも「お金が欲しい」と追い求めています。
それは水が当たり前に飲める時に、水の価値を感じないようなものです。
自分の足が普通に動き、何でも食べれる時に、その自由を感謝できませんが、いったん健康を失った時、つくづく健康の大切さが知らされ、お金はどれだけ出してもいいから、健康を取り戻したいと切に念願するのです。
お釈迦さまはこのことを「家の長者より身の長者」といわれたのです。
それで「長生きしたい」「健康でいたい」ということが、人生の目的になっていきます。

 

では「身の長者より心の長者」とは、どういうことなのでしょうか。
健康よりも、長生きよりもずっとずっと大事なものがあるよと、お釈迦様は説かれているのです。
それは「心の長者」になることだ、といわれているのですが、心の長者とはどういうことでしょうか。

三長者で最も幸せな「心の長者」とは

「大坂の陣」を映画やドラマで見ると、豊臣方の必死に戦う姿に、どうにも切なさと寂しさと虚しさを感じてしまいます。
それは最後負けて全員死んでしまうことを、すでに知っているからでしょう。


考えてみれば人生の寂しさ、虚しさも、同じことがいえます。
「生きる」とは「死」との戦いです。
精一杯生きようと、みな「死」と戦っている、といえましょう。

 

日本人の死因の主なものは、ガン、心疾患、脳梗塞、肺炎の四大疾患と、不慮の事故、自殺などです。
四大疾患の病気にならないためにはどうしたらいいか、食生活や運動に気を使い、地震などの自然災害や交通事故など不慮の事故に遭わないために、どうしたらいいか対策や準備には余念がありません。
経済的理由から、あるいは人間関係のストレスなどから自殺に追い込まれないよう、日ごろから周りに心配りしています。
みんなこれら(ガン、心疾患、脳梗塞、肺炎、不慮の事故、自殺)と戦っています。
これらの努力は、「生き延びよう」とする努力です。
みな「死」と戦っているのです。

 

ところがこの戦い、必ず負けます。
必ず死ぬのですから。
大坂冬の陣で「勝った」と喜んだ豊臣勢がはかなく寂しいのは、その半年後の大阪夏の陣で負けてしまうからですが、私たちも「ガン」に勝った、「災害」から救出されたといっても、一時的に「死」に勝っただけで、結局は負けるのです。

 

本来、戦うのは勝つためですが、私たちが「死」との戦いに勝てる見込みは万に一つもない、ちょっと戦いを延ばすかどうかであって、必ず負ける戦いです。
それをわかっていながら、必死に戦わざるを得ない。
ここに人類の悲劇がある、と喝破されたのがお釈迦さまです。
親鸞聖人の出家の動機も、まさにこの生死の一大事の解決一つでした。
この生死の一大事を解決して、いつ死んでも無量光明土へ往けるのがハッキリする、大満足の心になった人「心の長者」と言われたのです。

 

「身の長者」よりも「心の長者」とお釈迦様が言われているのは、「身の長者」になって、長生きしたところで、それは必ず負ける戦いを、少し長引かせているだけのこと。心の虚しさはどうしようもない。
それよりも「死んだらどうなる」という生死の一大事をハッキリ解決して、大安心大満足になった「心の長者」の方がずっとすばらしいと釈迦は教えられたのです。
「人生の目的を知らないで100年生きるよりも、人生の目的を知って1日生きる方がはるかにすぐれている」(釈迦)
真の人生の目的とは、「心の長者になること」です。

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