どんな人にも生きる意味があると説かれた親鸞の教えとは

金剛心とはどんな意味か、私たちは金剛心になれるのか

 
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菊谷隆太
こんにちは、菊谷隆太です。 東京、大阪、名古屋を中心に仏教講座を主催する仏教講師です。 専門は浄土真宗で、「教行信証」「歎異抄」を学び、皆さんにもお伝えしています。 このサイトは「どんな人にでも生きる意味がある」と宣言された親鸞という方の教えを知っていただきたいと思い、開設いたしました。

弥陀に救い摂られた心の世界を親鸞聖人は「金剛心」と言われています。
「金剛心」とはどんな意味なのか、今回はお話しします。

 

金剛心とはダイヤモンドのような心

 

仏教に『金剛心』という言葉があります。
金剛石のような心”という意味です。
金剛石とはダイヤモンドのことです。
ダイヤモンドはこの地球上でもっとも硬い鉱物です。
硬いので、傷がつきません。
ガラス玉とダイヤの違いは時間が経つと歴然でガラス玉は表面が傷がつき、くすんできますが、ダイヤはいつまでも傷がつきません。
奥葉でかじっても傷一つつけられません。
むしろ歯が欠けてしまいます。
ダイヤモンドを「永久(とわ)の輝き」と呼び、婚約指輪としてプレゼントされるようになったのも、二人の愛は永遠なんだ、と確認するための愛の象徴として使われているのでしょう。
愛の象徴が壊れやすい電子機器では様(さま)になりません。
扱いを失敗したり落とすとすぐに動かなくなる電子機器の方が内実を表わしていると思う、という声を聞こえてきそうですが、壊れやすいものだからこそ、固く変わらないダイヤにこそ、恋人たちは想いを込めるのかもしれません。

 

さて、この金剛心のことを仏教の本にこうあります。

『如何なる人来たりて言い妨ぐとも少しも変わらざる心を金剛心という』

どんな人がどんな非難中傷嘲笑罵倒をしても、全く微動だにもしない心が金剛心だ

そんな心がはたして私たちに有り得るものでしょうか。

 

変わり続ける心しかない私たちが金剛心になれるのか

 

どんな非難中傷があっても微動だにもしない心を仏教では『金剛心』といいます。
「金剛心?そんな心に人間がなれることがあるものかい」と思われることでしょう。
信じられないのは無理もありません。
心ほど変わりやすいものはないからです。

 

唐の高僧、善導大師

『一人一日の中に八億四千の憶いあり』

一人が一日の中に八億四千回、心が変わる

と説かれています。
一日に八億四千回となると、私たちの心はちょうどパッパッパッと画面が変わるサブリミナル映像のようにめまぐるしく動いていることになります。
諸行無常の世、この世の中は変わり続けるものばかりですが、中でも「心」ほど変わりやすいものはなく、もっともはげしく動いているのが心です。
「女心と秋の空」ということわざがあります。
ついこないだまで“あの人を殺して自分も死ぬ”とまで思い詰めていたのに、もう違う人と付き合っている、そんな女性の心を変わりやすい「秋の空」に例えていわれていることわざです。
女性の心だけが変わりやすいのではありません。
江戸時代には「男心と秋の空」と書かれている文献もあります。
浮気性の男の心も秋の空のようなもの。
男も女も心はころころ変わり続けます。

 

そんな私たちに金剛心なんて本当にあるのでしょうか。
とても信じられないのでしょうが、お釈迦様は『金剛心になれる』と仰言り、親鸞聖人も「金剛堅固の信心の定まるときを~」「金剛の真心を獲得すれば~」「真心徹到する人は金剛心なりければ~」と金剛心の境地を語られ、早く金剛心になれよ、と教え続けられました。

 

親鸞聖人の金剛心

 

明治の文豪、夏目漱石親鸞聖人を評してこう言いました。

親鸞上人に初めから非常な思想が有り、非常な力が有り、非常な強い根底の有る思想を持たなければ、あれ程の大改革は出来ない

漱石の蔵書には1084ページに及ぶ『真宗聖典』があり、かなり読んだ形跡もあったそうです。
肉食妻帯を断行された親鸞聖人の勇気の源はどこにあったのか、漱石も知りたかったのかもしれませんね。

 

僧侶が肉を食べ、結婚をする 。
それは仏教界でも世間でも大問題でした。
「破戒僧だ」「色坊主だ」「堕落坊主だ」
親鸞聖人は一斉に非難嘲笑の的となられました。

 

私たちの場合、罵倒されたり、嘲笑されたり、無視されたりすると、平常ではおれなくなってしまいます。
ネット上の、匿名で人を揶揄するような、一部の心無い人の言葉でも気分はよくないものです。
家庭でも職場でも自分の意見に誰も耳を傾けようとしない、無視する、スルーする、ダメ出しする、嘲る、を繰り返されると、何も言えなくなってしまいます。
すっかり自信を失い、殻に閉じこもってしまいます。

 

それでもどこかに居場所があり理解者がいればまだ心は折れないのですが、四面楚歌どこへ行っても、誰と会っても非難され、嘲笑されれば、人は生きていくことができなくなってしまいます。
だから切実に理解者を求めるようになる、のが世の常です。
賛同者を多く集めるのが元気のもとになってきます。

 

でもよく考えてみてください。
多くの人が賛同すればよし、というものではないはずです。

問題は多くの人が賛成するその主張が真実といえるのか、ということでしょう。

 

人が人の後をついていき、それが二人、三人となり、やがては大勢の人がついていくようになっていく。
たくさんの人の後ついていけば間違いなかろう、と安心するのか、大衆はそのように動いていきます。
民主主義は多数決ですが、多数が必ずしも正しいとは言えないのが現実です。
先頭に立つ人が間違えた場合

『一盲、衆盲を引きいて以て火坑に堕つる』(経典)

となります。
これは民主主義の危ういところです。
「衆愚」といいますが、濁流のように迷った方向に流れていってしまう危険性があります。
多くの人が賛同するとますます力を得て勢いがよくなり、一気に流れていきます。
それを単身止める信念は、とても金剛心でなければできません。

 

『金剛心』のことを仏教の本には

『如何なる人きたりて言い妨ぐとも少しも変わらざる心を金剛心という』

とあります。
如何なる人、の中には、どれだけ大勢の人、という意味があります。
どんな大多数に囲まれて、お前は間違いだ、と否定されても、微動だにもしない心が金剛心なのです。

 

「唯仏恩の深きことを念じて、人倫の嘲を恥じず」(教行信証)

肉食妻帯の破戒僧と非難嘲笑の的となられ、やがては越後に流刑になられることになる親鸞聖人でしたが「ただただ深き仏恩が知らされ、世間の非難中傷など、気にしてはおれない」 と進まれたお姿に金剛心を見ることができます。

 

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