どんな人にも生きる意味があると説かれた親鸞の教えとは

口は災いの元。仏教の説く「しゃべること(口業)」の大切さ

2019/02/04
 
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菊谷隆太
こんにちは、菊谷隆太です。 東京、大阪、名古屋を中心に仏教講座を主催する仏教講師です。 専門は浄土真宗で、「教行信証」「歎異抄」を学び、皆さんにもお伝えしています。 このサイトは「どんな人にでも生きる意味がある」と宣言された親鸞という方の教えを知っていただきたいと思い、開設いたしました。

仏教では、私の運命を決めるのは『行為』であると一貫して説き明かします。
『行為』とは、仏教の言葉で『業(ごう)』といい、インドの言葉でカルマといいます。
この業、カルマは三つあり、これを『三業』といいます。
今回はその三つの行為(三業)の一つである「しゃべる」という口の行い『口業』について、お話しします。

 

夫婦仲が上手くいくかどうか、言葉で決まる

 

「どうしてこんなことになってしまったんだろう・・・・・・」
この人とならやっていける、と好きだったから一緒になった相手なのに、今は一番嫌いで不快な人になっている、というケースは珍しくありません。
自分の人生がうまくいかないのは、結婚相手のせいのように思えてきます。

 

じゃ、離婚すればいいのに、と思いますが、これも経済事情や子供のことなどあるからできない。
そこで浮気で気を紛らわせる人も多くなってます。
一番いいのは何かの不慮の事故で死んでくれることか・・・・・・と思い詰める人もいます。

 

そういう親の姿を見て育つ子供も、こんな夫婦になってしまうくらいなら、と結婚に消極的になるようです。

 

一方とても仲の良い老夫婦を見ると、うらやましさを超え、感動さえ覚えます。

 

夫婦研究のパイオニアである、ジョン・ゴットマンは、35年に渡って夫婦がすれ違う原因を科学的に分析している研究者です。
3000組の夫婦を分析し、すれ違いの原因は会話のパターンにあると説明しています。
ゴッドマン曰く、「15分の夫婦間会話を分析するだけで、その夫婦が4年以内に離婚するか85%の確率で予測できますよ」(こわい。。)
日頃の不満を口にしても、喧嘩になる夫婦と、ならない夫婦がある、とのこと。
その違いこそが、夫婦関係が長続きするか否かの鍵となるそうです。

 

相手に対する批判を口にするのはまずいパターン。
自分の不安を伝えて援助を乞えば問題ないのに、相手への攻撃を行ってしまう。
批判(攻撃)されれば防御(反撃)するしかない。
協力に向かえなくなります。
しまいには相手を見下す発言をする展開になってしまう。
そうなると不毛な口喧嘩・批判・防御・見下しの繰り返しで、お互いを避けるようになります。

 

ポジティブな言動とネガティブな言動には、五対一という「黄金の比率」があるともいっています。
夫婦のあいだで、ネガティブな言動一回に対して、ポジティブな言動が五回あれば、結婚生活は長続きする可能性が高いといいます。
この比率が一対一に近づくと、夫婦は離婚に至るといっています。

 

基本は挨拶から

 

大学時代、苦学生だったので、ある友人と相談して、アパートの部屋をシェアして生活することにしました。
つまらん理由から、その友人と仲が険悪になることもあり、最初のころは「寝食共にするのはきついな」とよく思ったものです。

 

そんな生活の中から会得したのは挨拶の大切さです。
朝、始めて顔合わせたら「おはよう」
帰ってきたら「ただいま」
それに対して「おかえり」
寝るときは「おやすみ」
何か取ってくれたら「有難う」
これが難しいですが大事です。
家庭でも職場でもきわめて大事なポイントだと思います。

 

そんなの基本的なことで簡単じゃないか、と思われるかもしれませんが、東大卒のエリートでもできない、難しい事です。

 

「○○ちゃん、こんにちは、は?」と幼稚園のときに最初に学ぶことですが、大人になっても身につかない、なかなかできない。
「こんにちは」が「こんちわ」それが「ちわっす」に。
やがて「首をふるだけ」。
しまいには「何も言わない」となりがちです。

 

何か相手にイラッとすることがあっても、口げんかしても最低限あいさつだけは死守しなければ、何事もキツイ環境になっていきます。

 

挨拶が交わされる日常はとても心地よいものです。
仏教では「言辞施」といって、優しい言葉をかけることが布施の一つとして教えられています。

 

きれいな言葉と汚い言葉を意識する

 

ロサンゼルスのダウンタウンの壁の落書きは、言葉にするのもはばかれるような、暴力じみた言葉、差別表現、猥褻なものなど書かれています。
ああいうのを子供が通学路の途中で、頻繁と目にするのはよくないなあ、と思います。

 

自分は情報発信するにあたって、きれいな言葉を使おうと心がけてます。
人のブログを読んでいても、感謝や気遣いあふれる文章は続けて読みたい気持ちになりますし、すごく好感もてるからです。

 

逆に非難中傷や愚痴やぼやきは、言っている本人が、不快、不安、不満、イライラといった感情を生み出しますし、聞いている人のもその感情は伝染します。
なので私も「うざい」「きもい」「むかつく」などなど、会話でもメールでも、使わないように心がけてますし、こういう言葉が飛びかう会話は極力聞きたくないですし、そんな類のサイトも見たくないです。

 

秋葉原の通り魔事件の犯人は、犯行にいたる心の道程をつぶさに携帯サイトにつづっていたようです。
▼「イケメンなら努力に結果がついてくるのに」
▼「愚痴ってもちゃんと聞いてくれる彼氏がいるんだろうが」
▼「トラックのタイヤが外れてカップルに直撃すればいいのに」
▼「今週は土曜日も出勤。どうせ一人でやることないんだから、別にいいけど」
会社や世の中への不平不満、否定的な感情を何千と書き込んでいました。
同情や慰めを求めたのかもしれませんが、結果は逆で、ほとんど無視か挑発されたことで心の傷を広げ、孤独感を深めたようです。

 

もし彼が辛い毎日の中でも、ほんの些細なことでもいい。
何かに感謝し、前向きな言葉を書き込み続けたらどうであったろう。
ネットでの反応は違っていたでしょう。
その反応を読み、また感謝の発言を送り、と繰り返していけば、時とともに恨みや憎しみとはまったく別の人生が開けていたはずだと思います。

 

「明るい言葉は人の鼓膜を明るく震わせるということです。明るい言葉には明るい振動があります」

村上春樹 『1Q84』の一節です。
言葉を正していくことが、人生を幸せに導くとてつもない力となります。

 

 

メールは災いの元

 

行い(業)は、人が見ている見ていないに関係なく、力(業力)を有しており、たとえ四方壁に囲まれたところで、独り密かにしている行いも、やがて結果を引き起こす力がある、と釈迦は教えられています。
この釈迦の教法を思い返す、昨今のメール問題です。
大統領の選挙も辞任も問題メールの発覚が原因でした。

 

「口は災いの元」ということわざがありますが、最近は「メールは災いの元」で、一国の命運をも左右する影響力を持ちます。

 

私の学生時代(昭和です)、クラスや部活動でたびたび「言った」「言わない」で、人間関係を悪くしたり、もめたりした事件が起きましたが、その多くは真相がハッキリせず、曖昧に終わることが多かったです。
ところが最近は「メール」という動かぬ証拠が瞬く間にクラス中に転送され、一気に窮地に追い込まれるそうです。
Twitterの裏垢(匿名で毒を吐くツイッターアカウント)が発覚してしまい炎上、という話もよく聞きます。
不倫発覚も、LINEのメールのやり取りからと聞きますし、その後の慰謝料請求の額も、メールの内容が大きく左右します。
一通のメールがクラスの人間関係を壊し、家庭も崩壊させ、世界の動勢をも左右しています。

 

わずか数秒で何気なく打ってしまうメールですが、いったん送ってしまえば、もう取り返しが付きません。
私たちは一日何十通、何百通と送信するそのメール一通の重さを、よくよく自覚しなければならないでしょう。

 

「吐いた唾は呑めぬ」「口から出れば世間」「口と財布は締めるが得」「口は災いの門」
古人のことわざの、口をメールに置き換えて、戒めとすべき時代だと思います。

 

一言が人生を決める

 

仏教に教えられる善根に『言辞施』があります。
数ある「親切」の一つとして説かれているのですが、言葉を施す、という意味です。
一言が人を失意から励まし、立ち上がらせもします。

 

逆に『語殺』というのですが、心無い一言が相手を殺すこともあります。
「私に向けられたあの一言だけは、もう何年たっても忘れられない」というのもよく聞きます。

 

【舌三寸が身を活かしもし、殺しもする】

 

以前、時計会社「セイコー」のCMでの詩が心に残っています。

“はじめまして”この一秒ほどの短い言葉に、一生のときめきを感じることがある。

“ありがとう”この一秒ほどの言葉に、人のやさしさを知ることがある。

“がんばって”この一秒ほどの言葉で、勇気がよみがえってくることがある。

“おめでとう”この一秒ほどの言葉で、しあわせにあふれることがある。

“ごめんなさい”この一秒ほどの言葉に、人の弱さをみることがある。

“さようなら”この一秒ほどの言葉が、一生の別れになる時がある。

一秒に喜び、一秒に泣く。一生懸命、一秒。

SEIKO

一言が人生を決めてしまうこともあるのですよね・・・。

 

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