どんな人にも生きる意味があると説かれた親鸞の教えとは

どんな人でも心がけ一つで幸せになれるとブッダが説かれた『無財の七施』とは

 
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菊谷隆太
こんにちは、菊谷隆太です。 東京、大阪、名古屋を中心に仏教講座を主催する仏教講師です。 専門は浄土真宗で、「教行信証」「歎異抄」を学び、皆さんにもお伝えしています。 このサイトは「どんな人にでも生きる意味がある」と宣言された親鸞という方の教えを知っていただきたいと思い、開設いたしました。

誰かのためになりたい、何かの役に立ちたい、という思いはあっても、自分なんか才能もないし、体力もないし、お金もないから何の役にも立たないと落ち込むことが、私たちにはあります。
そんな思いに沈んだ時に知っておきたい仏教の教えが『無財の七施』です。
財も力も持たないから人の役に立てない、と思っている人でも、周りの人に幸せを届けることはできますよと、お釈迦さまが教えられたのが『無財の七施』だからです。

 

『無財の七施』とは以下の7つです。

眼施……温かい眼差しで接する
和顔悦色施……明るい笑顔、優しい微笑をたたえた笑顔で人に接する
言辞施……心からの優しい言葉をかけていく
身施……肉体を使って人のため、社会のために働くこと。
心施……「ありがとう」「すみません」などの感謝の言葉を述べる
牀座施……場所や席を譲り合う親切
房舎施……訪ねてくる人があれば一宿一飯の施しを与え、労をねぎらう

 

今回は『無財の七施』がそれぞれどんな布施か、お話ししてまいります。

 

無財の七施の一つ、『眼施』とは

 

「眼施(げんせ)」とは「眼を施す」「眼を与える」という親切です。
といってもアイバンクのことではありません。
温かいまなざしで人と接することを「眼施」というのです。

 

「人は見た目が9割」ともいわれるので、頭のてっぺんから足のつま先まで気を抜けませんが、特に人間が注視するのは「顔」です。
「顔色を伺う」というくらいだから顔は重要です。
では、顔を見ていると言っても、どのパーツが特に見られているかというと「眼」なのです。
それはなぜか。
「眼」にその人の感情や人柄が出るからです。

 

「眼は口よりも物を言う」「眼は心の鏡」と言われるように、眼にはその人の心が現れます。
たとえ笑顔していても「目が笑ってない」とわかってしまいます。
「目を尖らせる」「据わった目つき」「咎めるような目」「目が泳ぐ」「哀れみの視線」「決然たる瞳」「目がハートマークになってた」・・・・・・
これらの表現の数々からも、私たちが人と接する際、その人から発せられる言葉よりも、その人の眼でその人の心を測っているのがわかります。

どうしても眼は心に現れてしまうからです。

 

ということは温かいまなざしで人と接する「眼施(げんせ)」とは、そう意識して眼を演じなさいというのではなく、温かい心で人と接しなさいという勧めだとおわかりだと思います。
温かい心で人と接するままが、眼に和やかな光がたたえられ、それがどんなにこそ人をなぐさめ、励ますことでしょう。
ひとみに現れた小さな親切が、接する人の大きな幸せの栄養源になっていくのです。

 

無財の七施の一つ、『和顔悦色施』とは

 

『和顔悦色施』とは、和やかな笑顔で相手に接することです。
「笑顔で人と接しなさい、あなたは周りの人を和やかな気持ちにさせることができますよ」とお釈迦さまは勧められています。

 

今はまだ仕事もして、任される任務もあり、必要としてくれる人がいて、誰かの役に立てていると思えても、いつ何が起きて私たちは、オレなんか何の役にも立たない、と落ち込んでしまう事態に陥るかも知れません。
いや、今がそうです、という方もあると思います。
たとえば、病気で長期入院すると、そんな気持ちになりがちです。
仕事ができなくなり、収入もなくなり、いてもいなくても同じ、かえって迷惑をかけるだけの自分の姿に苦しむ人が多いと聞きます。
その苦しい思いから、つい看護師や見舞いの家族に八つ当たりしてしまうこともあるとか。
気持ちはよくわかります。
自分もそうなると思います。
そんな時にこそお釈迦さまの『無財の七施』の教えを、思い起こさなければならないなと思います。
何も持たない人でも、人の役に立てる行いができますよと、教えられたことなのですから。

 

入院していても、仕事する体力はなくても、和やかな笑顔で看護師さんや家族に接する『和顔悦色施』はできます。
看護師はきつい仕事で離職率も高い職業です。
患者のお世話をしたいという高い志で看護師になっている人が、自信を失い、嫌になって辞めてしまうのは残念なことです。
その続けられなくなる原因の一つに挙げられるのが、患者が怒りや冷たい態度で接してくることへのストレスです。
患者であるこちらが、笑顔で接するように心がけ、「大変ですね」「いつもありがとう」と優しい言葉をかけると、看護師は励まされた気持ちになり、仕事に誇りと自信を取り戻し、がんばろうという気持ちになります。
看護師にとって、患者の和やかな笑顔が、生きる力になることもあるのです。

 

見舞いに来た家族にだって、何の役にも立たないことはありません。
私の友人で、小学生の時、お祖母ちゃんの入院しているところへ見舞いに行くのが大好きだったという女性がいます。
その理由は、忙しくて親も聞いてくれない自分の学校の話をいつもニコニコ聞いてくれて、図画工作で金賞を取った時はすごく喜んで、ほめてくれて、そういう一つ一つのことがうれしかったからと言っていました。
入院して1年後に亡くなられたそのお祖母ちゃんは、孫に大きな幸せを、入院先から届けていたのですし、その温かい記憶は、今の彼女の心を支え続けています。

 

何の役にも立たないからと仏頂面になり、周りに壁を作って孤独になるか、そんな中でも和顔愛語に心がけ、周りに幸せを届ける存在になれるか、『無財の七施』は、苦境の時こそ知っておきたいお釈迦さまの教えです。

 

無財の七施の一つ、言辞施とは

 

『言辞施』とは、優しい言葉をかける布施の行です。
大学時代、ある友人と相談してアパートの部屋をシェアして生活することにしました。
つまらん理由から、その友人と仲が険悪になることもあり、最初のころは「寝食共にするのはきついな」とよく思ったものです。
そんな生活の中から会得したのは、挨拶の大切さです。
朝、始めて顔合わせたら「おはよう」
帰ってきたら「ただいま」
それに対して「おかえり」
寝るときは「おやすみ」
何か取ってくれたら「有難う」
これが大事です。
家庭でも職場でもきわめて大事なポイントだと思います。

 

そんなの基本的なことで簡単じゃないか、と思われるかもしれませんが、分別つく社会人でもできない難しい事です。
「○○ちゃん、こんにちは、は?」と幼稚園のときに最初に学ぶことですが、大人になっても身につかない、なかなかできないことです。
「こんにちは」が「こんちわ」それが「ちわっす」に、やがて「首をふるだけ」、しまいには「何も言わない」となりがちです。
何かむかつくことがあっても、口げんかしても、最低限あいさつだけは死守しなければ、何事もキツイ環境になっていきます。

 

挨拶が交わされる日常はとても心地よいものです。
まず、あいさつから。

 

無財の七施の一つ、『身施』とは

 

身施は、自分の肉体を使って、他人のため社会のために奉仕すること、いわゆる無報酬の労働です。
ボランティアといってもいいですね。

 

被災地に仕事を休んで行ったりするのはとてもできなくても、日常生活の中で、いくらでも手助けを必要としている人はあります。
私も一日、高齢の知人の車椅子を押して街を歩いたことがあるのですが、ちょっとした段差、狭い店内の通路にも大変な思いをし、通りすがりの人や店員の方がサポートしてくださるのが本当に有難く、同時にまた自分はこんな時、この方々のように快く支援、サポートができていたかといたく反省させられました。

 

最近の中学の授業では、高齢者や障害者がどれだけ日頃不便な思いをしているかを知るために、様々な疑似体験をしてみる体験実習があるそうです。
アイマスクをつけて白杖を持つ視覚障害者の疑似体験、車椅子に乗ってみる体験、耳せんをしてその上からヘッドホンをして音が入ってこないようにする聴覚障害者の体験や、重りをつける妊婦や高齢者の疑似体験などがあり、経験した子供たちは、どのようなサポートが必要か終了後に話し合うそうです。

 

家庭やオフィスでも、たまったゴミを捨てたり、整理整頓したり、日用品の補充をしたり、誰かがしなければならないことがいろいろありますが、率先してそういう行動をするのも身施です。

 

無財の七施の一つ、『心施』とは

 

『心施』とは、「ありがとう」「すみません」などの感謝の言葉を述べることです。

 

富山は晩秋から雨が多くなり、雷が鳴り、その雨が雪に変わる頃には、一面、墨絵のような風景になります。
それから春までは、うんざりするほどの長い曇天、あるいは雪の日が続きます。
そんな富山の人が年末年始に東京に帰省すると、寒さは厳しくも、関東特有の乾いたカラッとした晴天に感動して「冬なのに晴れてる!東京はいいなあ」と何度も口にします。
東京に住んでいるときは私も、富山の友人がそう口にする気持ちは分かりませんでしたが、富山に住むようになり、よーーく分かるようになりました。
長靴で雪をかき分け、駐車場の車の雪を落とし、身を縮めながら傘さして雪道を歩いている日が毎日続くと、だんだん滅入ってきます。
朝から雲一つない冬の東京の晴天が懐かしくなります。
ところがこの思いも、東京に住んでしばらくすれば、またそれが最初から当たり前に思えて、晴天の有り難みを忘れてしまうのでしょうね。

 

人間の感謝の気持ちというのは、続かないものです。
○仕事がある。
○「おかえり」と出迎えてくれる人がいる。
○健康で、身体に不自由ない。
これら全て感謝しなければならないことなのですが、当たり前にしがちです。
失ったときに初めて有り難みが分かるようでは後悔しますので、今から感謝の気持ちを持って、またそれを言葉でも表していきたいなと思います。

 

無財の七施の一つ、『床座施』とは

 

『床座施』とは、場所や席をゆずり合う親切のことです。

 

戦後間もないころ、新幹線も高速道路もない時代のこと、お盆や正月で帰省するときは東京から故郷まで7時間もの間、立錐の余地もないほどの満員電車に乗り込んでボックス席の座席と座席の間やトイレの中にも人が立ち、トイレにも行けないので小便も長靴の中にしたそうです。
ちょっと今では想像できないですよね。
そんな時に「目の前の席が空いた!」となれば、間髪入れずに座って「ああ、よかった」と身の幸をかみしめますが、そんな時に限って目の前におばあさんが立つという場面があったそうです。
そんな時は譲らなければならないんだけれども、あと7時間も乗っていなければならないことを思うと、つい譲るのを躊躇し、逡巡してしまう場面です。
こんな時こそ『牀座施』の実践の場ですね。

 

抜かしていった車が我慢ならず抜き返そうとして事故起こしたり、並んでる列に割り込んでもめ始めたり、いろいろ各地でありますが、お互い『牀座施』ができればどんなに世の中、住みやすくなることでしょう。

 

この椅子とは電車やバスなどの乗り物だけではなく、「社長の椅子」「大臣の椅子」などもありますので、「立場をゆずる」「手柄をゆずる」も『牀座施』に入ります。
自分の活躍を誇りたい、他人の手柄までも自分の手柄にしたいのが我々です。
そんな中「あの人の頑張りで成功した」と思い切ってゆずってしまう親切をいいます。

 

無財の七施の一つ『房舎施』とは

 

『房舎施』とは訪ねてくる人があれば、一宿一飯の施しをすることをいいます。
『房舎施』というと、思い出すエピソードが二つあります。

かって西郷隆盛が貧乏のドン底でその日暮らしをしていた時、ひょっこり親友の勝海舟が遊びに来た。
喜んだ西郷は妻に大饗応を命じた。
奥さんは途方にくれたが、主人に恥もかかされず、自分の命にしていた琴を質屋へ入れて海舟をもてなした。
飲む程に酔うほどに海舟は思い出したように「お前の妻女は、まれにみる琴の名手じゃそうだが一曲聞かせてくれんか」と大変なことをいい出した。
隆盛の妻は琴の名手であった。
何も知らない隆盛は、早速承諾して妻に命じた。

困ったのは奥さんである。
そこで「準備の為暫くお待ち下さい」といって質屋へゆき琴の変りに、自分の着ている着物を入れて屏風のカゲで琴を弾じて聞かせた。

海舟ことの次第を察して「それ程までに貧していたのか、済まんことを言った」と恐縮すると同時に西郷夫妻の暖かい親切に感謝して、以後一層深く親交するようになり、後に江戸を戦火から救うという一大因縁にもなったのである。

 

一宿一飯の布施の実践が江戸を救い、日本を救ったといえるかもしれませんね。
幕末の争乱期、諸外国による日本の植民地化を防いだのは、古来からこの国に根付いている「おもてなし」の精神だった、ともいえるエピソードです。
今後も大事にしていきたいものです。

 

私が思い出すエピソードをもう一つ

 

釈尊がある家へ乞食の姿で現れ、一飯を乞われた。
「私の家には、夫婦の食べるものしか炊いていない」
出てきた主婦は冷たくあしらう。
「それでは、お茶を一杯、恵んでくださいませんか」
「乞食が、お茶など勿体ない。水で上等だ」
「それでは私は動けないので、水を一杯、汲んでくださいませんか」
「乞食の分際で他人を使うとは何事だ。 前の川に水はいくらでも流れているから自分で飲め」

釈尊は忽然と姿を現し
「なんと無慈悲な人だろう。一飯を恵んでくれたら、この鉄鉢に金を一杯あげるはずだった。お茶を恵んでくれたら、銀を一杯あげるはずだった。水を汲んでくれる親切があったら、錫を一杯あげるつもりであったが、何の親切心もない。それでは幸せは報うてはきませんよ」
「ああ、あなたはお釈迦様でしたか。差し上げます、差し上げます」
「いやいや、利益を目当てにする施しには、毒が混じっているから頂かない」と、おっしゃって帰られた。

帰宅して、一部始終を訊いた主人は、
「お前は馬鹿な奴だ。なぜ一杯のご飯をやらなかったのだ。金が一杯貰えたのに」
「それが分かっていれば、十杯でもやりますよ」
「よしそれなら、俺が金と替えて貰おう」と、釈尊の後を追った。
へとへとになったところで、道が左右に分かれている。
丁度、道端に踞っている乞食がいるので、
「乞食、ここを釈尊がお通りにならなかったか」
「ちっともしりませんが・・・私は空腹で動けません。何か食べ物を恵んでくださいませんか」
「俺はお前に恵みに来たのではない。金を得るために来たのだ」
その時釈尊は変身なされ、
「妻も妻なら夫も夫、憐れむ心のないものは恵まれないのだ」
「あなたが釈尊でしたか。あなたに差し上げるために来たのです」
「いいえ、名誉や利益の為の施しには毒が混じっているから頂くまい」
厳然とおっしゃって、釈尊は立ち去られた。

 

仏教では見返りを期待しての善を『雑毒の善』といわれます。
布施をするとどうしても恩着せ心や手柄心が出てまいりますが、その心と戦って布施に徹していくのが仏道を求める道です。

 

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