どんな人にも生きる意味があると説かれた親鸞の教えとは

「この宗教を信じていいのだろうか」と迷った時、こう考えてみよう

 
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菊谷隆太
こんにちは、菊谷隆太です。 東京、大阪、名古屋を中心に仏教講座を主催する仏教講師です。 専門は浄土真宗で、「教行信証」「歎異抄」を学び、皆さんにもお伝えしています。 このサイトは「どんな人にでも生きる意味がある」と宣言された親鸞という方の教えを知っていただきたいと思い、開設いたしました。

 

今回は宗教者がよく口にする「論より証拠」に気をつけよう、という話です。

この宗教を信じていいのだろうか、と迷われることはあると思いますが、そんな時の考え方の一助になる内容となればありがたく思います。

宗教は、人生の目的、幸福、死生観など、自分にとって大事な内容が語られているのですから、理性を大事に、納得できる、論理にかなった内容を聞きたいと思います。

 

宗教のもたらすプラシーボ効果

 

どの宗教もご利益を強調します。

「これを唱えていたら病気が治った」「これを拝んだら家庭が明るくなった」などなど。

第三者からすると、論理的でもなく、根拠も乏しい、何でそんないい加減なものを信じられるのか、と思えることでも、その人はその人なりの救われた実体験があるからか、強く信じ込んでしまっています。

「論より証拠」とはよくいったもので、そういう人と話をして知らされるのは、実体験の威力は相当なものだなということです。

 

これはパワースポットに行ったり、パワーストーンを持ち歩いたら、運気が上がって人生が好転した、という経験のある人も同様のことがいえます。

その経験をもう一度とばかりに、あしげくパワースポットを巡ったり、次々とパワーストーンを購入したりします。

私はそれらの宗教やスピリチュアルでいう「ご利益」や「運気」というのは、拝んだり、唱えたり、ある石を手にしたり、ある場所に行ったりした行動と、ちょうどその時節にその人に起きた幸・不幸を、本人が関連つけてしまったに過ぎないと思っています。

 

あるいはプラシーボ効果の一種だと思っています。

プラシーボ効果とは、偽薬でも効き目があると思い込むことで病気が治癒する効果をいいます。

「これはよく効く薬ですよ」と言って、治療効果のない偽薬を飲ませると、歯の痛み、腹痛、胃潰瘍、皮膚状態の悪化などの症状が、なんとほぼ半分以上治るという科学的研究結果があります。

医者の格好をして薬を渡すと、さらに効果が高まるようです。

モルヒネよりも効く場合もあると言うから、かなり強力な治療方法?です。

特に痛みやうつなど、気分の影響の受けやすい痛みやうつなどの症状には効き目があると言われます。

漢方医学、あるいは針やツボ、気の流れなどは「全員に効くものではない、個人差がある、だけれども、本当に治った人、楽になった人がたくさんいる」と語りますが、これも中にはプラシーボ効果の例もあるかも、と思ってしまいます。

半分の人に効く漢方治療だと聞くと、かなり効き目があるように思いますが、プラシーボ効果だと考えても説明がついてしまうので。。。

しかしこんなように何事も疑ってかかったら、それこそプラシーボ効果は期待できず、己が損するといえるかも知れません。

まさに「信じるものは救われる」のですから。

母親に全幅の信頼を寄せていた幼児の時、母から「痛いの痛いの飛んでけ」と言われると、本当に痛みが消えていくように感じたものです。

だから肉体的な痛みなどで、時にプラシーボ効果が有効なこともあるのでしょうが、それにしたってがんからくる腹痛を、プラシーボ効果頼みで偽薬を飲まされ、適切な治療を施さず、手遅れになったら取り返しのつかない後悔が残るだけです。

 

ソクラテスは「検証なき人生は生きるに値しない」と言いました。

自分のたった一つのかけがえのない人生を、プラシーボ効果に依存するわけにはいきません。

信ずるものの真贋には、尋常ならざる真剣さがあってしかるべきでしょう。

 

思い込みによる信仰体験

 

ケネディ大統領暗殺から20年後の調査で、アメリカ人の50%は「このシーンをテレビの生中継で見た」と答えています。

しかし、実際には生中継などされておらず、事件からおよそ2年後に編集済みのフィルムが公開されただけなのです。

しかもそれは「ライフ」誌に掲載されたものでした。

実際に一般人があの映像を目にするようになったのは、それよりもさらに後のことです。

いかに人間が自分の記憶を都合よく編集するかという事例です。

 

私も小学生の時、兄とのケンカで下唇を何針か縫うという怪我をしたことがあるのですが、そのきっかけとなったのは兄の挑発行為と記憶しているのですが、兄ははっきりと、私のある台詞から始まった、と記憶しているのです。

兄も嘘ついているとは思えないし、私はそんなことをいった覚えはないのだし、どこかで記憶を都合よく更新してしまっているのかもしれません。

 

「わたしは神の声を聞いた」

「私は確かにこの目でこの池から竜神が現われるのを見たんじゃ」

このように言う教祖とか霊能者の中には、明確にだます意図でうそをつく人もいるでしょうが、中には、実際何かを見たり聞いたりしたという、何らかの信仰体験がある人はいるのでしょう。

しかし、そもそもその体験が本物かどうか、ということが問題なのです。

 

人を思いこませることだってできる

 

ナチスがヒトラーの演説の際、照明、効果音など心理学的効果を巧みに駆使して大衆を興奮させたのはよく知られていますが、あれから70年以上経ち、今や五感を刺激するテクノロジーも当時の比でなく、多種にわたる強烈な薬物も開発され、それらを使っての大衆を扇動するテクニックは格段に進歩しており、実に危なっかしい時代です。

 

以下の言葉は入院先でモルヒネを処方された人が言っていたことです。

「あまりの激痛で意識が朦朧として、“痛い痛いもういっそ殺してくれー!!”くらいの気分だったんですが、モルヒネを摂取すると突然周りにお花畑が出現して“まあ今はめっちゃ痛いけどそれも含めて人生って美しいよねうふふ幸せ”みたいな気分になりました」

薬物は人間の心理状態を簡単に変えてしまうことに末恐ろしさを感じます。

 

また現代のマジックは最先端のテクノロジーを駆使すれば、浮いたり、消したり、人の心理を見抜いたり、神がかり的な出来事を目の前でいともたやすく見せてくれます。

こんな時代ですから、どこぞの教祖が薬物やマジックを使って、いくらでも信者に何らかの信仰体験をさせることができるわけです。

 

「わたしは教祖様に導かれ、神の声を聞いた」「今回の儀式で確かにこの目で竜神が現われるのを見た」と舞い上がって涙流させることも簡単です。

それらを使って信じ込ませようとする輩は「論より証拠」と体験話を振りかざしますが、薬物を用いれば幻覚、幻聴でもなんでも演出でき、テクノロジーで人工的に奇跡を起こせるこのご時世です。

 

こんな時代は、生々しい体験話にそそのかされてはならないと厳に警戒し、「論より証拠」ではなく「証拠より論」と、理性を発揮してしかるべきだと思います。

 

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