どんな人にも生きる意味があると説かれた親鸞の教えとは

人間を時の旅人に譬える仏教

 
この記事を書いている人 - WRITER -
菊谷隆太
こんにちは、菊谷隆太です。 東京、大阪、名古屋を中心に仏教講座を主催する仏教講師です。 専門は浄土真宗で、「教行信証」「歎異抄」を学び、皆さんにもお伝えしています。 このサイトは「どんな人にでも生きる意味がある」と宣言された親鸞という方の教えを知っていただきたいと思い、開設いたしました。

お釈迦様は人間を旅人に例えられています。
なぜ私たちは旅人といえるのか、仏教の教えを聞いてみましょう。

 

時を移ろう旅人

 

人間を旅人に例えられるのはお釈迦様の専売特許ではなく、古今東西、多くの詩人によって、人生は旅に例えられ、人間は旅人に例えられてきました。
今日でも多くの歌謡曲に、人生を旅、人間を旅人、に譬える歌詞がよくあります。
たとえば美空ひばりの『川の流れのように』。
「生きることは旅すること」というフレーズで始まりますね。

 

人間は村人ではありません。旅人なのです。
村人ならその村に生まれ、その村に育ち、その村で田畑を耕し、その村に所帯を持ち、その村で死んでいきますが、人間は旅人ですから、一カ所に止まってはおれません。
一つの村から次の村、次の村から次の街へと、どんどん旅をしていきます。
その旅の途中に、すごく歓迎され、居心地のいい村もある。
「いいなぁ、いつまでもここに居たいな」と思っても、旅をしている以上、いつまでもその村に居続けることはできません。
逆によそ者扱いされ、疎んじられる村では、「いやだな、早く立ち去りたい」と思いますが、旅をしているのだから、そこにいつまでもいなければならないことはありません。
しばらくの間で、やがて離れる時があります。

 

人生もまた然り。
私たちはにとって、幸せな時というのもいつまでも続きませんし、逆に苦しくて不幸で辛い時もいつまでも続くものではありません。
昨日から今日、今日から明日へと、私たちは時間の旅をしています。
松尾芭蕉が「月日は百代の過客」と言ってるように、どんどん月日は過ぎていきます。

 

私は昭和生まれですが、昭和から平成、平成から令和へと、どんどん移り変わりながら私たちは生きております。
この旅は止まることはできません。
いつまでも令和2年1月8日にいたいと思っても、それはかないません。
抵抗できない強い力で、ゴーっと音を立てて月日は流れていきます。
私たちは村人にはなり得ません。
時を移ろう旅人なのです。

 

人生の苦しみを旅人であらわす

 

旅をしていると山あり谷あり、晴れの日もあれば、雨の日もあります。
横殴りの雨が叩きつける嵐の日もあれば、吹雪の中、積もった雪をかき分けて行かねばればならない時もある。
湿地帯のぬかるみの中、泥まみれで進まなければならないこともあれば、落石もあるような危ない山岳地帯を登らなければならない時もある。
旅をしているとさまざま難儀することがあります。

 

人生もまた同じで、さまざまな苦しみが待ち構えています。
楽な人生行路はほとんどありません。
受験戦争を抜けてやれやれと思ったのもつかの間、今度は就職難をくぐり抜け、ノルマやリストラに怯えて働き、老いや病魔も襲ってくる。まさに山あり谷ありの人生です。

 

人生は旅に例えられたと言っても、いわゆる「旅行」とは違います。
今度の10連休のGW旅行のような楽しい意味で「旅」と言われたのではありません。
「かわいい子には旅をさせろ」のことわざにある、あの意味での「旅」です。
最近ではかわいい子には旅行をさせよう、楽しい思いをさせようという意味だと思っている人もあるようですが、このことわざの本来の意味は「子供を成長させたいと思うなら、苦労させなさい」という意味であり、「旅」は苦しいものであるという意味で使われています。
お釈迦様が人生を旅に例えられたのも、人生は苦しみがたくさんあるからそのように例えられたのです。

 

苦難の山河を越え、数々の回り道、曲がりくねった道にさまよい、足を棒にしながら歩き続ける、私たちの人生行路の目的はいったいどこなのでしょうか。
お釈迦様は静かに問いかけられています。

 

出会いと別れを繰り返す旅人

 

旅をしていると、出会いと別れを繰り返します。
新しい村に着くと、そこで初めて顔を合わせる人があります。
多くの人との出会いがそこにあります。
それからしばらくの間、心を通わせ、時にはいがみ合い、やがて旅人はその村を離れるときがきます。
その時には、それらの人と別れなければなりません。
別れたらもう二度と会わないであろう人がたくさんあります。
旅というのは、出会いと別れの連続なのです。
いつまでも一緒にいることはできません。

 

私たちの人生もまたそうです。
特にこの3月、4月は出会いと別れの季節ですね。
卒業式、入学式、退職、入社など、さまざまな出会いもあれば、さまざまな別れもあります。
感傷的な別れも「去る者は日々に疎し」で、去って行った人はだんだん記憶の片隅に追いやられ、やがて時々思い出しては「あんな人もいたなあ」という存在になってしまいます。
あなたも今月初めて会った人もあったことでしょう。
その人とは今後どういう仲になっていくのか、一回きりのご縁なのか、今後何年と縁を深めることになるのか、それとも人生において大きな影響を与える仲になるやもしれません。
今あなたが心を通わせる人も、お付き合いしている人も、初めて出会ったという時があったはずです。

 

さまざまな出会いと別れを繰り返しながら、私たちは日々生きています。
それは出会っては別れるのを繰り返す旅人のようなものです。

 

旅人の目的地はどこか

 

では人生という旅の目的は何でしょうか。
どこを目指しての旅なのでしょうか。
目的地はどこなのか。
まさにお釈迦さまが人間を旅人に譬えられた最たる理由はここにあります。

 

「門松や 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」(一休)
室町時代の禅僧一休は、正月で賑わう京都の辻を、この歌を朗々と詠んで歩いたと言われます。
「こんなめでたい日に、なんて不吉な」と当時の都の人々も眉をひそめたでしょうが、人生の本質を捉えた歌といえます。

 

年が明け、門松が玄関先に飾られる元旦を迎えると、みんな「おめでとう」「おめでとう」と言います。
しかし一休は喝破します。
「何がめでたいんだ。元旦とは冥土の旅の一里塚ではないか」と。

 

「冥土の旅の一里塚」とは、どういうことでしょうか。
一里塚(いちりづか)は、街道を旅する人の目印に、一里(約4キロメートル)毎に設置した土を盛った塚のことです。
塚の側には榎などの木が植えられたり、江戸まであと何里、と書かれた標識を立てたりしていました。
今でいうと、高速道路に設置されている「東京まで何キロ」と書かれた緑の標識のようなものです。
高速を運転している私たちがあの標識を見て「まだまだかかるな」とか「もうあとちょっとだな」とか改めて認識するように、当時、街道筋を行く旅人は一里塚を見て「旅はまだまだ続くな」とか「もうすぐ終点だ」と行く先に思いを馳せたのです。

 

一休はここで、元旦を旅の一里塚に例え、その旅は「冥土への旅」だと言っています。
「冥土」とは、死んだ後の世界です。
生あるものは必ず死に帰す。
生きている人は皆死に向かっています。
一日生きたということは、紛れもなく、一日死に近づいたことに他なりません。
一日過ごせば一日、一夜明ければ一夜、「死」に近づいていくのです。
東京オリンピックまでのカウントダウン、2021年へのカウントダウンなどいろいろありますが、私もあなたも当日を迎えられる保証はありません。
もう間違いないカウントダウンはただ一つ、「死」です。
これは万人にとって100%確実なカウントダウンです。
元旦を迎え、一年経ったということは、それだけ大きく自分が死ぬ歳に近づいたということです。
まさに元旦は「冥土の旅の一里塚」なのです。

 

私たちは、死ぬのは嫌だ、寂しい、怖い、と心の底で感じ、頑なに死から目を背けようとしますが、着実に毎日、毎年、墓場へ向かって行進しているその歩みを止めることができない存在です。
すべての人が、未だ知り得ぬ、死後の世界へ向かう旅人なのです。

 

そんな己の行く先を忘れ、元旦を迎えたからと、めでたい、めでたいとはしゃぐ人々に一休は「何がめでたいんだ、元旦は死に向かって進む旅の一里塚ではないか、こうしてどんどん進んでオレも死んでいくんだな、と確認させられる日が元旦だぞ、めでたいはずがなかろう。めでたいのは、おまえの頭でないのか」と皮肉ったのが「門松や 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」の歌なのです。

 

=========

仏教の教えをわかりやすく教える仏教の20回の無料メール講座はこちらです。いつでも自由に解除もできますので、関心ある方は一度覗いてみてください。



一からわかる仏教講座
メルマガ登録/解除
選択してください:
メールアドレス:
名前:

この記事を書いている人 - WRITER -
菊谷隆太
こんにちは、菊谷隆太です。 東京、大阪、名古屋を中心に仏教講座を主催する仏教講師です。 専門は浄土真宗で、「教行信証」「歎異抄」を学び、皆さんにもお伝えしています。 このサイトは「どんな人にでも生きる意味がある」と宣言された親鸞という方の教えを知っていただきたいと思い、開設いたしました。

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Copyright© 生きる意味が分かる親鸞の教え , 2020 All Rights Reserved.